「味覚春秋」に掲載されました
味覚春秋 2015年8月号 ●味わいトーク● ちょっといい味 いい話 (以下転載)
オーナーシェフの古矢清さんは、東京・銀座に開店(1966)して間もない「マキシム・ド・パリ」に入社。本場マキシム仕込みの料理を、フランス人シェフや初代総料理長・浅野和夫氏のもとで修業し、1981年に独立、地元の小田原市にフランス料理「ビストロローヤル」を開店します。2011年2月には30周年を機に現在地に移転して店を新築。マダムでソムリエもつとめる冷子夫人と共に、フレンチ一筋に歩んで来ました。
49年の歴史を築いたマキシム・ド・パリは惜しくも今年6月末で閉店しましたが、頑固なまでに正統派の技術を守る古矢シェフの長年のフレーズ、「小田原でマキシム・ド・パリの味」は、今も存在感を示します。
小田原は自然に恵まれ、海・山の幸に恵まれ、小田原城を始めとした史跡、箱根観光ルートの拠点。大涌谷周辺の立ち入りは禁止されていますが、魅力いっぱいの小田原~箱根へ、この夏もぜひお出かけください。
― 新築、移転から4年、ローヤルさんは「ふらんす食堂」というサブタイトルに代わりましたが。
古矢シェフ=そうですね、小田原は観光でいらっしゃるお客様も多いですから、気軽にお寄りいただくためにも、移転を機に、カジュアルな雰囲気が少し感じられるようにと思い、フランス食堂としました。時代の変化と共に、もちろん料理もお客様の嗜好に合わせ少し軽めになっているのですが、長年培ったフランス料理の技術や手法は変えることがないので、一つ一つ時間と手間をかけて調理しております。
― 長年修業した銀座のマキシム・ド・パリの閉店は残念ですね。
古矢シェフ=あと一年で50周年を迎えるところでしたからね。初代総料理長の浅野和夫さんの還暦を祝う会が最初でしたが、毎年、マキシムで働いた仲間とはOB会を開いて来ました。今年は浅野さんの米寿を祝う会を、銀座のマキシムで開く最後の会として開催しました。大勢集まりました。昔はパリ祭の催しやクリスマスも賑やかでしたね。銀座へ行っても寂しいですね。でも、名店として名前が残って終われば、それもいいのではないかと思います。
― お店を開いて活躍している方も多いのではありませんか。
古矢シェフ=お店の経営や、オーナーパティシィエとしてなど、それぞれ皆さん活躍していますが、フレンチレストランのオーナーとして長年やっているのは、長崎「ペリニヨン」の園田さん、東京・府中文化会館の一階の「スリジェ」の豊島さん、埼玉・上尾「エルミタージュ」の池田さん、それと「ビストロローヤル」でしょうか。
― 「マキシム・ド・パリの味」は引き継がれていくものでしょうか。
古矢シェフ=時代の変化に対応して行くことは必要ですからね。私どもでは全く同じ配合で作るものに「エスカルゴのブルゴーニュ風」がありますが、それ以外は全体に軽くしてあります。でも、しばらく前からはマキシムでも伝統的な料理を軽めに変えてお出ししていたと思います。フランスのマキシムの料理は、海から遠いパリへ運んで来る材料を、おいしく料理するために、塩漬けにしたり、腐敗を防いだりした歴史がありますから、それが名残としてあります。今は流通が発達して鮮度もいいし、それほどまでに手をかけなくても素材を生かした料理であれば、軽くていいことになります。料理が軽ければワインも軽くていいんですよ。日本の味噌や醤油もその通りでしょう。
― 確かに、今日頂いた「ビストロランチ」も夏野菜がたっぷりで、メインの地鶏もあっさりして、カレーソースによく合いました。
古矢シェフ=素材は今は鶏肉は長野・松本産の「安曇野赤鶏」で、豚肉は神奈川産の銘柄豚「相模豚」を使います。牛肉は30年来の付き合いの業者さんが東京・高輪から仕入れてくれる、和牛の雌だけを使います。ほほ肉の煮込みなどを作っても、他の国産牛や輸入牛とは柔らかさとジューシーさが全然違います。東京からおいでになるお客様はよく、お魚!お魚!とおっしゃって、魚料理を注文なさいますが、地元のお客様は年配の方でもお肉を好んで召し上がります。最近は年齢が高い人も健康維持にお肉を食べると良いと言われているでしょう。上質のお肉を少し召し上がるのが体のためにもいいことだと思いますよ。
マダム=シェフはランチにお出しするカレーを作るにも絶対に手抜きをしませんから、玉葱をじっくり炒めて、煮込むので7、8時間かけるんです。長年丁寧に作る事を当たり前にして来ましたから、時間をかけずに作るなんて考えられないんですね。
― 材料も技術もご自分なりに吟味してやって来られたのだから、変えることは難しいでしょうね。
古矢シェフ=そうなんです。自分で食べておいしくないものはお出ししたくない。今は自分でできない料理人も多くて、コンソメをひいたことがない、フォンドポーをとったことがない、魚をおろしたことがないという料理人がいるんです。ソースやコンソメもパックになっていて、魚は切り身になって真空パックになって届くものを使うコックさんが増えているんですよ。技術とか手間ひまかけるということが理解できない、フランス料理が何か分からないという人が多いですね。
― 時代の変化には抗えないところもありますが、伝統の技を生かしたお料理と、ご夫妻のもてなしで、小田原を訪れるお客さまを末永くお迎え下さいますように。
古矢シェフ=お客様の嗜好も変化しますし、私自身の年齢的なこともありますが、フランス料理と謂えども軽めというのは全体的に自然な流れです。素材をいかにおいしく食べるかです。素材をそのまま食べておいしければ、そのままでいい、お刺身を生で食べておいしければそれでいいんです。手間ひまかけるならそれよりおいしくならないと意味がない、何のために手をかけるのか、ということになります。しかし同じものだけ食べていては飽きてしまう。煮てみたり焼いてみたり、素材においしさがプラスされていかなければいけない、それがフランス料理の基本です。小田原は海山の幸に恵まれていますが、今は海外の材料の値動きが、地元の素材にまで影響が出る時代です。地産地消だけではどうにもならない難しさがありますね。私の父親はこの小田原で「レストランローヤル」という洋食店を80代後半まで続けました。私も店を開いて34年経って爺さんになりましたが、それを考えるとまだまだ頑張らなければと思います。この夏は大涌谷の影響で、箱根、小田原を訪れる方が非常に少ないのですが、8月1日は花火大会、小田原城のお堀には大賀はすも咲きます。名所旧跡を散策しながらぜひ小田原をお訪ねになって、ビストロローヤルで懐かしきマキシムの味をご賞味ください。
出典:株式会社 味覚春秋モンド 出版 [月間 味覚春秋]2015年8月号